そんな休日

今日は仕事の都合で、保育園の送迎ができなかった。

午後からは時間が空く予定だったから、水族館に行こうと思っていた。平日の水族館は空いているらしいし、愛息を抱っこしながら、大きな水槽の前をゆっくり歩く自分を勝手に想像していた。でも現実はそんなに都合よくできていない。昼過ぎまで予定がずれ込んで、水族館は諦めることになった。

その代わり、近所にある、まだ行ったことのない公園へ向かった。

まだ行ったことがないといっても、家からそれほど遠くない。車で何度も前を通ったことはある。でも、「いつでも行ける場所」というのは、案外行かないものだ。僕はそういう場所をたくさん抱えている。

公園に着くと、愛息は抱っこひもの上で辺りを見回していた。何を見ているのかは分からない。滑り台なのか、揺れる木の葉なのか、それとも通り過ぎる犬なのか。

まだ何も分からないかもしれない。

でも、いつもと違う景色や音や匂いに触れることは、子どもの発達に良いらしい。そういう話を聞くと、親というのは単純なもので、「じゃあ連れて行こうかな」と思う。

本当は、愛息のためだけじゃない気もしている。

僕は昔から家が好きだ。休日に予定がなくても全然困らないし、むしろ少し嬉しい。家の中で本を読んだり、文章を書いたり、何かを考えたりしている方が落ち着く。外に出ると楽しいこともあるけれど、それ以上に疲れる。

だから、自分1人だったらわざわざ新しい公園を探したりしなかったと思う。

でも愛息がいると話が変わる。

子どものためという名目は便利だ。公園も、水族館も、動物園も、今までなら興味を持たなかった場所に足を運ぶ理由になる。そして実際に行ってみると、愛息よりも僕の方が新鮮な気分になっていたりする。

少し情けない。

子どもに世界を見せているつもりで、実際には僕の方が見せてもらっている。

今日行った公園もそうだった。遊具があって、芝生があって、それだけの場所なのに、初めて訪れたというだけで少し気分が浮き立つ。愛息はまだその価値を理解していないだろうけれど、僕は妙に満足していた。

外の世界。

大げさな言い方だけれど、愛息が生まれてから、その範囲が少しずつ広がっている気がする。歩けるのは僕の方なのに、連れて行かれているのは僕の方かもしれない。小さな身体に先導されながら。そんな休日。

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