息子のための宿題

僕は保育園が嫌いだった。

嫌い、というより、そこにいる自分がいつも少し浮いていた。

みんなで輪になって歌を歌ったり、先生の真似をして踊ったりする。周りの子たちは楽しそうだったけれど、僕は「なんでこんなことをしないといけないんだろう」と思っていた。まだ小さいくせに、妙に冷めていたのだと思う。

お昼寝の時間も苦手だった。

部屋のカーテンが閉められて、みんなが布団に横になる。僕だけ眠れなくて、天井を見たり、隣の子の寝息を聞いたりしていた。目を開けていると保育士に注意されるから、慌てて閉じる。でも眠れない。目を閉じているふりをしながら、早く終わらないかなと考えていた。

朝になると、男女とも上半身裸で近所を走らされた。今思えば時代なのだろうけれど、当時の僕には意味がわからなかった。裸の背中を並べて走る集団の中で、僕だけが納得できない顔をしていた気がする。

だから保育園にはなかなか馴染めなかったし、登園を嫌がることも多かった。

ところが、小学校に入ると景色が変わった。

先生が黒板に文字を書く。まだ知らないことを教えてくれる。計算にもルールがあって、漢字には成り立ちがある。

それが面白くて仕方なかった。

「勉強ってこんなに楽しいものなんだ」

初めてそう思った。

教室の窓から入ってくる光まで、なんだか少し賢そうに見えたくらいだ。

でも中学校に入ると、また違う空気があった。

テストの順位が張り出される。点数が高い人は偉くて、低い人はそうではないような空気。もちろん実際には誰もそんなことを言わないのだけれど、数字が人間の値札みたいに見えてしまった。

僕はそういうものが苦手だった。

勉強そのものは好きなのに、競争になると急につまらなく感じる。そんな少し面倒くさい性格だった。

今は毎日、育児と料理を勉強している。

離乳食のことを調べたり、栄養のことを調べたり、野菜の切り方を覚えたりする。学生の頃より真面目に学んでいるかもしれない。

必要があると、人は驚くほど覚えられる。

乾いたスポンジが水を吸うみたいに、知識が頭の中へ入ってくる。

たぶん僕は、学ぶこと自体が好きなのだと思う。ただ、それを誰かと比べられるのが苦手なだけで。

キッチンでレシピを見ながら鍋をかき混ぜている自分を見ていると、保育園でお昼寝を拒否していた子どもが、そのまま大人になったような気もする。

ただひとつ違うのは、今の勉強にははっきり理由があることだ。

息子のため。

その理由は思っていたより強力で、眠くても、面倒でも、僕を机やキッチンの前に座らせる。

いつか息子が大きくなったとき、「勉強しなさい」と言うより先に、何かを楽しそうに学んでいる背中を見せられたらいい。

学ぶことは苦しい義務じゃなくて、世界を少し面白くする遊びなんだと、そんなふうに伝わってくれたらうれしい。

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