
最近、ピアノを趣味にしてみようかなと思っている。
20代の頃、ドラマ『ロングバケーション』を観て、すっかり影響を受けた。木村拓哉が弾くピアノの音が格好良くて、僕も弾けるようになりたいと思った。その勢いのまま、すぐにピアノ教室へ申し込んだ。
昔から僕は、何かをやりたいと思うと、とりあえず始めてしまう。考えるより先に体が動くタイプだ。今思うと、あの頃もまさにそうだった。
療養中だったこともあって、起きている時間のほとんどをピアノに使っていた。毎日鍵盤に向かい、ひたすら練習した。先生からは、「大人になってから始めて、こんなに上達する人は初めて見た。プロでも目指しているの?」と冗談まじりに言われたこともある。
その言葉は嬉しかった。でも今振り返ると、僕はピアノを楽しんでいたというより、弾けるようになることに必死だった。苦しくても休まず、できないところは根性で押し切ろうとしていた。
だから、ある時ぷつりと糸が切れた。
心が折れる、という表現は少し大げさな気もするけれど、本当にそんな感じだった。それ以来、気が付けば30年近く、ピアノに触ることはなかった。
それでも不思議なもので、ピアノへの憧れだけは消えなかった。
結婚する前、思い切ってYAMAHAのクラビノーバを買った。昔の自分なら、「買ったからには毎日練習しなければ」と気負ったかもしれない。でも今は違う。
久しぶりに鍵盤に触ってみると、驚くほど弾けなくなっていた。指は思うように動かないし、昔弾けた曲は完全に忘れている。それなのに、昔ほど悔しくなかった。
弾けないなら弾けないでいいか、と思える。
趣味なのだから。
上手になることよりも、楽しむことの方が大事なのだと、この年齢になってようやく分かった気がする。
だから今は、息子の前で格好良く演奏したいとも思わない。ただ、時間があるときに少しだけ鍵盤に向かって、ぽつぽつと音を鳴らしている。そんな姿を見て、息子が「パパ、何してるの?」と興味を持ってくれたら、それで十分だ。
昔はピアノを弾ける人に憧れていた。
今は、ピアノを楽しめる人に憧れている。
