サイトアイコン とある坊主の猟奇的な日常

おいしい笑顔のために✨

最近、離乳食は平日に作るようになった。

以前は土日でまとめて1週間分を作っていたのだけれど、僕の仕事はお坊さんなので、土日は意外と忙しいことが多い。法事や行事が入ることもあるし、せっかく家族3人で過ごせる休日なのに、何時間も台所に立っているのは少しもったいない気もしていた。

それに、息子は毎日のように新しい表情を見せてくれる。

今しかない時間なのだと思うと、一緒に出かけたり、公園を歩いたり、ただ買い物について来てもらったりする時間の方が大切なのではないかと思うようになった。

そんなわけで最近は、平日に3日ほどかけて1週間分の離乳食を作っている。

今日は台風の影響で朝から風が強かった。

玄関を出た瞬間、思わず身構えてしまうほどの風で、木々は大きく揺れ、道端の葉っぱは忙しそうに飛び回っていた。

それでも冷蔵庫の中身を見ると、買い物に行かないわけにはいかない。

強風の中をスーパーへ向かい、野菜や魚を買い込み、ようやく帰宅した。

家に戻ると少しほっとする。

コーヒーをひと口飲んでからキッチンに立ち、野菜を切り始めた。

離乳食作りも、気がつけばだいぶ慣れてきた。

初期の頃は本当に大変だった。

これでもかというほど細かく刻んでいた。

少しでも大きいと飲み込めないのではないかと心配になり、必要以上に神経を使っていた気がする。

まな板の上に散らばる野菜の欠片を見ながら、これは料理なのか工作なのか分からないなと思ったこともある。

でも今は違う。

息子も成長し、食べられるものが増えた。

刻み方も以前ほど神経質ではなくなったし、作業の流れも分かってきた。

おかげで今日は気持ちにゆとりを持ちながら料理をすることができた。

包丁を動かしながら、ふと考えた。

僕は昔から完璧主義なところがある。

何かを始めると、つい高い目標を設定してしまう。

そしてそこに届かなければ、自分はまだ足りないと思ってしまう。

でも料理は、そんな僕に別のことを教えてくれる。

野菜の大きさが少し不揃いでもいい。

思った通りにできなくてもいい。

冷凍したら見た目が少しくたびれてもいい。

大切なのは、それを食べる人がいて、「おいしい」と感じてくれることだ。

完璧じゃなくてもいい。

ちゃんと誰かのためになっているなら、それで十分なのだ。

そんな当たり前のことを、僕は離乳食作りから学んでいる。

昔の僕は、結婚にも家庭にもまったく興味がなかった。

自分は1人で生きていくものだと思っていたし、それで十分だと思っていた。

けれど実際に結婚して、子どもが生まれてみると、1人でいる自由とは違う種類の幸せがあることを知った。

1人より2人。

2人より3人。

家族が増えると、当然やることも増える。

自分の思い通りにならないことも増える。

それなのに、人生は前より楽しく幸せになった。

誰かと一緒に暮らすというのは、相手を支えることでもあるけれど、自分自身も支えられているということなのだと思う。

そして何より、自分が成長できる。

いや、成長させてもらっていると言った方が正しいのかもしれない。

今日作った離乳食を、明日息子はどんな顔で食べるだろう。

そんなことを考えながら冷凍庫に保存容器を並べていると、少しだけ満たされた気持ちになった。

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