サイトアイコン とある坊主の猟奇的な日常

綺麗なキッチンと寝息

イチローが以前、インタビューで「僕はちょっとしたことで満足している」と話しているのを聞いたことがある。

その言葉は、なぜだか少し意外だった。僕の中のイチローは、いつまでも届かない場所を目指して歩き続ける人だったからだ。満足なんてしたら負けだと考えていそうな、野球の修行僧みたいな存在。だから「満足している」という言葉が、その人の口から出てきたことに驚いた。

でも最近、その感覚が少しだけ分かるようになった。

育児にもだいぶ慣れてきた。もちろん慣れたと言った途端に何かが起きるのが育児だから、油断はできない。それでも以前みたいに、1日が終わるたびにぐったり床へ倒れ込むような感じは減った。

離乳食を予定どおり作れた日。シンクに積み上がっていた食器を全部洗い終えて、何も置かれていないキッチンを眺めたとき。子どもをお風呂に入れて、ミルクを飲ませて、寝かしつけまで無事に終わったとき。

そんな瞬間に、僕は案外あっさり満足している。

昔の僕は、もっと大きな何かを求めていた気がする。目に見える成果とか、誰かからの評価とか、自分でも説明できないような理想とか。365日ずっと100点を取り続けたいような、息苦しい欲張りさ。

けれど今は違う。

今日やるべきことを終えた。子どもは元気だった。家の中もそれなりに整っている。それだけで十分だと思える日が増えた。

もちろん、もっと頑張れるところはある。離乳食のレパートリーだって増やしたいし、家事も効率化したい。でも不思議なことに、その向上心と満足感は両立するらしい。

満足したら成長が止まると思っていたのに、そうでもなかった。

むしろ、小さな達成をちゃんと喜べるようになったからこそ、また明日もやろうと思える。

1日の終わり。

綺麗になったキッチンと、寝息を立てる子ども。

最近の僕にとっては、それだけで十分に誇らしい景色だ。

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