
愛息が家にいても、奥さんがいると、つい任せてしまうことが多い。
僕には僕の仕事があるし、やりたいこともある。パソコンを開けば返したい連絡があって、本棚を見れば読みかけの本があって、思いついたことを文章にしたくなる。そういうものを、気付けば愛息より優先している。
そんな僕に、奥さんは時々言う。
「時間がもったいないよ」
その言葉を聞くたびに、少しだけ胸の奥がざわつく。
確かにそうだと思う。
3時間おきにミルクを飲んでいた愛息には、もう会えない。寝返りがうまくできなくて、顔を真っ赤にして悔し泣きしていた愛息にも。夕方になると理由もなく泣いていた愛息にも。お座りだけで精一杯だった愛息にも。
あの頃は、早く大きくなってほしいと思っていた。
夜中の授乳が終われば楽になるのに、とか。ひとりで座れたら助かるのに、とか。
でも、そうやって願った未来が来るたびに、過去の愛息は静かにいなくなっていた。
人生は一期一会だという。
僕はその言葉を、どちらかと言えば人との出会いに使うものだと思っていた。でも赤ちゃんを育てていると、一期一会なのは他人だけじゃないと分かる。
昨日の愛息には、もう二度と会えない。
今日抱っこしているこの子も、明日には少し違う顔をしている。昨日までできなかったことが急にできるようになって、その代わりに、昨日まで当たり前だった姿が消えている。
成長という名前の消失。
だから最近は、仕事や自分のやりたいことを少し後回しにしてでも、この一瞬を大切にしたいと思う。
愛息の方を見る。
すると本人はそんな僕の感傷など知らない顔で、おもちゃを舐めたり、意味もなく笑ったりしている。
たぶん大事なのは、こういう何でもない時間なのだ。
後になって思い出すのは、特別な記念日ではなくて、床に転がったおもちゃや、よだれで濡れた服や、抱き上げたときの重さだったりするのかもしれない。
そんなことを考える、今日この頃。
